94歳のおばあちゃん
こんなん(病気、入院)なってまで生きたくない死にたいって言うおばぁちゃん、今まで何人いたかなってくらいその言葉を聞いてきた。
でもほんまにそう思ってる人とそうでない人とがいると思う。その人の背景とその人の心理状態と病状による差やと思う。息が苦しい、腰が痛い、胸がドキドキする、その症状そのものって感じてる人にしかわからんもの。
看護師として解剖学的にとか病気の症状として推測はできるし理解しようとするけどほんまの気持ち、苦しみ、悲しみというのは本人しかわからん。そこが人間のおもしろいところであり、難しいところやと思う。
そこに投げかける言葉ってほんとに難しい。
それはやってみなわからんこと。
そして相手がどういう反応をするか。
どうしたらお互い気持ちよくおれるか。
高齢者は認知力の低下がある。それは老年期の身体的なものやからしかたのないこと。生理的なもの。
ある日、受け持ちさせていただいた94歳の女性。チームも違うし受け持つことも少ないけど
なぜか私はその方が大好きで。訳もなくそばによって話したことも多かった。
私の名前珍しいでしょ?でも昔は嫌やったんよ〜みんな昔の女の人は○○子がおおかったし4人きょうだいの中でわたしだけ”お”がつくのよ。お母さんに怒ったこともあってね〜って
医療とは関係の無い、そんな他愛のない話をするのがめっちゃ好きで。その時の私は看護師ではなくただのねーちゃんになってるんやけど。でもそんなときに
もうね、こんなんなってしもたらあかんわ。もう生きたない。けどなかなかそんな訳にもいかんね〜
ってポロって言うことがよくあるんよね。心理的な悩みというか、高齢者の特徴でもある死に対する恐怖や不安。それを受け入れて生活していく段階。それはその人にしかわからんもの。私はそうなんですねってまず共感をした。その人のその気持ちをわかりたいと思った。
どういう気持ちでその言葉を届けるかっていうのも目には見えへんけど相手に伝わること。受け取る側の受け取り方によっても変わってはくるけど。その方の入院中の生活を見てると病気を受け入れて生きようとしてた。94歳でまだ生きる努力をしてた。元のADL保つためにちゃんと自分から歩行練習もしてご飯も全量摂取。受け入れができていた人やった。性があるまで生きようとしてた。そういう人の方が少ない気がする。病気を持った人は特に。
やから私は、きっと、何か○○さんに必要な役割があるんやと思います。そのひとつに私を元気にしてくれること。○○さんの笑顔を見ると私は元気になります。元気な姿で退院するところ見せてください!わたしのために生きてください!って言ったら
なんて嬉しいこと言ってくれるの〜って顔をさすってくれた。
でも次の日おはようございますって行っても私のことは覚えてないし昨日の出来事も覚えてない。顔を優しくさすってくれたことも。でも私は昨日のこと覚えてるしその方が喜んでくれたこともその時見せてくれた顔も言葉も忘れない
。人間って欲深いもので私のこと覚えてほしい、感謝してほしいみたいなことを求めてしまう。主体が自分やから。軸は自分やから。けど、認知症の人にそれを求めてしまうと自分がしんどくなる。なんで覚えてないの?って言われる相手もしんどくなる。
忘れてしまうことが生理現象やから仕方のないこと。頑張ってもできないことがある。やから私は何度でもそのおばぁちゃんのところにいくし同じことであってもなんども同じ事を伝える。覚えてくれてないからこそ何度でも嬉しい言葉を私は聞ける。その方にとって初めて伝える言葉でも。
だから、その瞬間瞬間を大事に全力で関わらせてもらうことに尽きる。その時はその時しかないから。それを理解できたのは5年目のとき。
そんなことをメモってた私は看護が好きなんやと気づいた看護師7年目です。